負けず嫌い・・・必死に学んだ/産経新聞オピニオン(2016年1月12日)

最終更新: 2019年8月30日

負けず嫌い・・・必死に学んだ

<福島県に近い栃木県北部の大田原市で育った。 そこで育まれたのが負けず嫌い精神だ>

 雪が降っているから長靴をはいて家を出たのに、高校がある宇都宮に着いたらまったく雪がない。田舎者とからかわれました。

 中学のとき、親に頼んで東京の塾の夏期講習に通わせてもらったんですが、そのときも田舎者といじめられました。 頭は丸刈りでしたし。 でも、「こいつらには絶対に負けない」と思って勉強した。ぼく、負けず嫌いなんですよ。

共働きの両親に代わって育ててくれた「育てのばあちゃん」が胃がんで亡くなったのはそのころです。 看護師の母の影響で医者になりたいと思っていましたが、本気で決意したのは苦しむばあちゃんに何もできなかった後悔から。外国人を見たこともない田舎の少年でしたから、 シュバイツァーやリビングストンの本に影響を受け、医師になってアフリカで働きたいと思った。地理の時間は先生の話を聞かず、地図を眺めながらアフリカで医者として働く姿を空想していましたね。おかげで、テスト結果はさんざんでした(笑)。

<医学部を志すも、大きな壁があった>

 記憶力が良くなかったんです。ぼくと一緒に下宿していた高校の同級生は、「ねむり」って あだなで呼ばれていて、本当によく寝る。 それなのに、ぼくの10分の1くらいの勉強量でちゃんと覚えられる。 頭が良くないことを自覚したぼくは、その分必死に勉強した。 親に経済的負担をかけずに絶対に医者になるぞって。

自治医大に入ってからは、早く夢を実現したくてソマリアの難民キャンプでボランティアをしたり、タイのバンコクでスラムのフィールド調査をしたり、途上国の現場を見ようと貧乏旅行もしました。

<中でももっとも行きたかった国がインド。 初めてのインドでは、カルカッタ(現コルカ タ)で、「神の愛の宣教者会」を創設して貧しい人々に尽くしたマザー・テレサに会った>

 マザーに「将来あなたのような仕事をしたい が、今何をすればいいでしょうか」と問うと、 「まずはしっかり学んで大学を卒業しなさい」 と言われました。 学業が二の次になっていた自分には耳の痛い言葉でしたが、しばらくしてその意味が分かった。マザーは、学べるときにきちんと学ぶことが将来につながるとおっしゃりたかったのだと思います。

 大学4年時には、1年休学してインドに留学しました。 伝統医学の「アユルヴェーダ」を学びに行ったのですが、これが奥が深い。ヨガにも夢中になりました。キリスト教を信じる私がヨガを修行することには抵抗もありましたが、 続けるうちに自分の精神をコントロールできるようになった。困難を軽く受け止め、忙しくてもストレスをためずに流せるようになったのはヨガと瞑想のおかげです。(聞き手 道丸摩耶)



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