南アジアでの鳥インフルエンザ対策 ドクター國井の国際協力最前線28

最終更新: 2019年8月30日

ドクター國井の国際協力最前線(28)

「南アジアでの鳥インフルエンザ対策」

長崎大学熱帯医学研究所熱帯感染症研究センター 教授 國井修

◆恐るべきバンデミック

 現在、ユニセフ(国連児童基金)南アジア地域事務所から依頼を受けて、鳥インフルエンザの緊急対策計画を立てている。

 この地域事務所が管轄するのは、ネパール、インド、パキスタン、バングラデシュ、ブータン、アフガニスタン、スリランカ、モルジブの8カ国。人口にして14億人以上を抱える。この地域で鳥インフルエンザが起こり、ヒトに大流行を起こした場合、ユニセフは感染した子供たちの命をいかに守り救っていくか。感染爆発を起こし、緊急事態となった時、ユニセフの取存の事業をいかに継続するか、あるいはいかに中断するか、ユニセフの職員、その家族をその国や地域に留めておくか、あるいは避難させるか。その際、どこにどのように誰を...。そんな計画である。

 この地域で感染が確認されたのはパキスタンのみ。400万羽近くを死に追いやった高病原性鳥インフルエンザであるが、H5N1とは異なるH7N3型。2005年10月時点でヒトへの感染は確認されていない。流行もしていないのになぜそんなに騒ぐのか、と疑問に思う人もいるだろう。

 そんな人には、過去に起きたインフルエンザのパンデミック(世界流行)をみてもらいたい。特に1918年に出現したスペイン風邪。1年以内に4000万人以上が死亡。1億人に達したとの予測もある。その頃勃発した第一次世界大戦では約4年間で830万人の死者であるから、その猛威の程がわかるだろう。インフルエンザといっても、毎年起こる季節性のものとは異なる。突然変異によってヒトに高病原性の新株が形成され、それにヒトが免疫をもたないために世界的に流行するのである。100年に3度くらい発生してきたパンデミック。直近では1968年に起きており、時期的にも発生の可能性が高いといわれる。

 世界流行の成立には、3条件が必要といわれる。第一にヒトが免疫をもたない新型株が出現すること、第二にそれがヒトに感染し重症化させること、第三にヒトからヒトに効率的に感染するようになることである。初めの2つは確認された。世界の注目は、いつ3番目の条件が揃うかである。

 実際にインフルエンザの世界流行が起こったら、どれくらいの人が死ぬのであろうか。1918年に発生した株であれば、1.5億人、世界人口の2.5%が死ぬとの予測もある。筆者のシナリオでは、過去の経験からインフルエンザの感染率(どのくらいの人に感染して症状を発現するか)を10~50%、致死率(症状を発現した人のうちどの程度が死に到るか)を0.25~10%と想定して、南アジア8カ国で計算するとこの地域で1~7億人が症状を発現し、30~70000万人が死亡するとの予測である。

 もちろん、感染症による死亡は、適切な対策によって抑えることもできる。これまでの世界流行では、それらの対策は不十分であったといわれる。今後はどうなるだろう。WHOのインフルエンザ対策を指揮するマーガレット・チャンは、流行後20~21日で抑えてみせる、との自信を示している。

◆流行への対策

 最大の武器は薬とワクチンである。しかし、現在あるタミフルと呼ばれる抗インフルエンザ薬はどれほど新型株に効果的かわからない。ワクチンは無効である可能性が大である。新たな株が出現してからどれだけ早く開発できるかにかかっている。

 あとは古典的な予防と治療。患者と健常者との接触を最小限に抑え、接触する場合はマスクなどの保護具を使用し、空港、国境での検疫を徹底していく。治療は対症療法だが、特にリスクの高い乳幼児や高齢者、妊産婦に留意する。

 まだ見ぬ敵を想定しながらのシナリオ作りは不安である。もし、本当にこの地域で7000万人が死亡するようなことになったら....。病院には患者が溢れ、在庫の少ないタミフルを狙った襲撃が起こる。店が閉められ、物流・交通がストップし、食料品や生活必需品が不足する。暴徒が増え、治安が乱れるも、警官もいない...。起こるわけがない、と思いたい。しかし、たった(といっては怒られるが)8000人余りの患者、約700人の死亡を起こしたSARSがどれほどの騒ぎを引き起こしたかを思い出して欲しい。約30年に一度到来する新型株インフルエンザが、SARS以上の患者・死者を生み、世界中に広がった時、社会はどのような反応を示すだろう。パニックを引き起こした時、人はどのような行動にでるのか。

 まだ見ぬ敵の怖さは、実はウイルス自身ではない。恐怖に慄く人間が作り出す虚構、そしてそれに反応して起こす人間の行動自体が怖いのである。


※本記事の掲載日時は不明です。




0回の閲覧

© 2019 Osamu Kunii Official Site